로그인恋に堕ちるのに、理由なんかいらない。たとえそれが、呪われた少女だとしても。
* * * 長いといわれていた夏休みが呆気なく終わった次の日の朝。 私立クレーマ学園高等部一年C組に、噂の編入生がやってきた。なぜ、噂になっているかというと、中高一貫教育をしている私立学校に中途半端な時期にやってくる編入生なんて、それなりにワケアリな人間でしかないと、生徒たちは思っていたから。 メイプルシロップのような榛色の双眸を持つロシアからの帰国子女は、新しい級友たちの好奇心旺盛な視線を怯えることなく受け止め、何食わぬ顔で応戦している。担任教師でさえ読み間違えそうな、黒板に漢字で記された名前を彼は読み上げる。慣れきった表情で、平然と。「カミジョウスザクっす」
栗色の髪の毛と榛色の瞳、外人のようにすらりとした鼻梁を持つ背の高い少年は、自分を珍種の動物のように見つめる視線を前に、緊張も見せずに紹介を始める。
「ロシアの日本人学校にいました。だから日本語問題ないです。生まれた頃から向こうにいました。まぁ親父の仕事の都合でこっち戻ってきたんですけど。いやぁ日本あったかいですねー」
人懐っこい笑顔が効をなしたのか、級友たちがまばらながらも反応を示し始める。くすりと笑う少女、ロシア? と疑問符を浮かべた表情の少年、エトセトラエトセトラ。
「こう見えても俺クォーターなんですよ。死んだばあちゃんがロシア人で。だから少しだけ鼻が高かったり眼の色が薄かったりします、先に質問されそうだったから言っておきますね」
そして、一通りの説明が終わって、質問タイム。こういうとき、男子よりも女子の方が権力を持っているらしく、手を上げるのは女の子ばかり。それは、
「上城くんはぁ、彼女っていますかぁ?」
それは是非聞いておかなくちゃいけないよなー、という表情で男子たちも彼を見つめる。女子にしてみれば自分にチャンスはあるのか、男子にしてみれば自分のライバルになるのかを知りたいのだろう、食い入るように上城への視線が強まる。担任教師は和やかに進む編入生の紹介を満足そうに見つめているだけで何も言わない。
上城は意を決したように言葉を紡ぐ。その場にいる誰もが想像しなかったこたえを。「彼女はいないけどー、運命の人ならいますよ。この学園の中に」
晴れ晴れとした表情の上城を前に、嘘ぉ、とか、キャー、とかいう悲鳴が教室中に轟く。それは、彼自身、思わず両耳を塞いでしまいたくなるほどの大きさで。
* * * 「この女泣かせが!」編入一日目の授業を無事に終えて、上城が帰り支度をしていると、彼の前の席にいた男子が話し掛けてくる。どうやらあの自己紹介を気に入ってくれたらしい。彼は品川と名乗って、上城の先ほどの発言を問いただす。
「運命の人なんてよく陳腐な言葉が吐けるよなぁ」
「俺もそう思う」 「教室中の女敵に回したようなもんだぜ。あんな言い方じゃ」 「そうか?」 「運命の女って誰よ、ってやっきになって探し出すぜ、絶対」教室を出て、二人で話しながら校門を抜ける。
「こっちが正門ね。ここが一番駅に近いんだ」
道案内を兼ねて、品川に会話の主導権を握らせると、彼は上城の運命の女についてしつこく聞いてきた。やはり気になるのだろう。学園の中にいるという運命の人という言葉に。
「口からのでまかせとは思えねぇ」
「でまかせなんかじゃないよ」 「じゃあ教えろよ、誰のことだ?」 「黒いセーラー服着た黒髪の女の子」編入の手続きをした時に、裏庭で不思議な少女と出逢ったことを上城は話す、怪訝そうな顔をしている品川を気にすることなく。
「腰まで無防備に伸ばした黒髪、膝下のスカート丈、真っ黒な瞳、雪みたいに白い肌……俺、一目見て惚れたんだ。こんな綺麗な女の子がいるんだなぁって」
「腰までの黒髪、制服を着くずさない……もしかして、いやでもそんなわけ」上城のうっとりした口調を他所に、品川は冷静に考える。心当たりはある。だけど彼女は。
「品川くんだっけ? 知り合いに該当者でもいた?」
「あれを該当者と言っていいかはわからねぇが、確かに美人な女子はいるぜ。このクラスに」だけど、と顔を曇らせる。上城、そんな女の子いたかなぁと首を傾げる。仕方なく、品川は口を開く。
「まぁ、会えばわかるだろうよ」
どうやら品川の言う該当者は学校を休んでいたようだ。
「そっか。それは楽しみだ」
上城はそれ以上追求することなく、駅で品川と別れた。
上城が座る席の前に、その席はある。ロシアからの帰国子女が編入して二週間、ようやくクラスは平穏さを取り戻し、上城自身も周囲の人間と仲良くなってきたが、彼には未だにわからないことが幾つか存在していた……その一つが、窓側の空席のこと。 品川が編入初日に言っていた、該当者であろう女の子の席、なんだろうか? 不思議に思った上城が、クラスメートに尋ねると、困ったような表情で、あっさり受け流される。「ああ、そこはスズシロさんの席だから」 スズシロさん、という固有名詞を上城は何度聞いたことか。それ以上詳しく聞こうとしても、彼らは何かを怖がっているみたいで、よくわからないと逃げてしまう。 担任に尋ねると、スズシロさんは虚弱体質の持ち主で、夏休みの間に入院して、二学期から戻ってくるはずだったのだが、長引いてしまい、退院するのが遅れているのだ、とのこと。「品川。スズシロさんってどんな子?」 「どんなって聞かれても……正真正銘の美少女だけど、怖いくらい頭がよすぎて、ちょっとついていけないとこがあるなぁ」 聡明そうな少女だった。ロシア語で器用に「騎士は淑女の前に跪き謝意を表するのが慣わしでしょ?」と歌うように口ずさんだ彼女のことを思い出し、上城は苦笑する。まあ、あれは彼が若気の至りで少女にキスをしてしまったから言われたのだろうが。 思い出し笑いをしている上城を不気味そうに見て、品川は呆れる。「そんなに気になるか? 彼女のこと」 「気になるね。俺に挑戦してきたんだから」 「……人違いだったらどうするんだよ。知らねぇぞ」 だが、品川の心配は無用だった。 なぜなら、上城春咲が運命の人だと決めつけた少女が、鈴代泉観、本人だったから。 * * * 十月。 学園内の金木犀が橙色の花をつけはじめる。校内だけでなく、周辺にまで甘い香りが漂う。裏門から入った鈴代は、鼻孔をくすぐる甘い芳香に惑わされることなく、一目散に向かうのは自分の教室。 結局、三ヶ月かかってしまった。消毒薬の匂いが充満していた病院で怠惰な日々を過ごしていた彼女は、感傷を隠すように、校内へずかずか入っていく。そのまま、久々の教室の扉を開けて、いつもの席に腰をおろす。 ふわり。風もないのに黒髪がたなびく。ほんのり、金木犀の甘い香りがまとわりつく。だけど鈴代は金木犀の
恋に堕ちるのに、理由なんかいらない。たとえそれが、呪われた少女だとしても。 * * * 長いといわれていた夏休みが呆気なく終わった次の日の朝。 私立クレーマ学園高等部一年C組に、噂の編入生がやってきた。なぜ、噂になっているかというと、中高一貫教育をしている私立学校に中途半端な時期にやってくる編入生なんて、それなりにワケアリな人間でしかないと、生徒たちは思っていたから。 メイプルシロップのような榛色の双眸を持つロシアからの帰国子女は、新しい級友たちの好奇心旺盛な視線を怯えることなく受け止め、何食わぬ顔で応戦している。担任教師でさえ読み間違えそうな、黒板に漢字で記された名前を彼は読み上げる。慣れきった表情で、平然と。「カミジョウスザクっす」 栗色の髪の毛と榛色の瞳、外人のようにすらりとした鼻梁を持つ背の高い少年は、自分を珍種の動物のように見つめる視線を前に、緊張も見せずに紹介を始める。「ロシアの日本人学校にいました。だから日本語問題ないです。生まれた頃から向こうにいました。まぁ親父の仕事の都合でこっち戻ってきたんですけど。いやぁ日本あったかいですねー」 人懐っこい笑顔が効をなしたのか、級友たちがまばらながらも反応を示し始める。くすりと笑う少女、ロシア? と疑問符を浮かべた表情の少年、エトセトラエトセトラ。「こう見えても俺クォーターなんですよ。死んだばあちゃんがロシア人で。だから少しだけ鼻が高かったり眼の色が薄かったりします、先に質問されそうだったから言っておきますね」 そして、一通りの説明が終わって、質問タイム。こういうとき、男子よりも女子の方が権力を持っているらしく、手を上げるのは女の子ばかり。それは、上城が単に非日常的な存在だからか、人並み以上の魅力を持っているからか、変な名前だからか、結局のところよくわからない。まぁ要するに転校生というのは男子以上に女子にとってみれば大きなイベントなのである。 上城は一つ一つにこやかに応えていく。趣味はピアノを弾くことでドビュッシーが大好きだ、とか、日本の食べ物で一番好きなのはなめこ汁だとか、春咲という名前の由来は春に生まれたからだ、とか、ロシア語はそれなりに話せるとか、当り障りのない質問を。 だが、一つだけ彼を困らせる質問があった。「上城くんはぁ、彼女って
濃いグリーンのブレザーを身に纏った少年は、死体を見つけたのかと思った。 * * * 伽羅色の煉瓦が敷き詰められた学園の裏庭を慣れない革靴で、コツコツ、地面を鳴らしながら、歩く。 七月、期末試験を終えたからか、周囲はがらんと静まりかえっている。そういえば、終業式は一週間後だったかなぁと、他人事のように首を傾げ、事務室をあとにして…… 迷った。 きょろきょろ、周囲を見まわす。駅に向かう西門を探していたのに、少年が発見したのは。 うっそうと繁ったヒースの森の中、羽毛のような手入れの行き届いた黄緑の芝生の上で横たわっている少女。 黒いセーラー服、雪のように仄白い透き通った肌、無造作にのばしっぱなしの黒髪。顔色が蒼白いからか、死体のようにも見える。が。 耳をそばだてると、すぅすぅ、小さな寝息が聞こえる。どうやら眠っているらしい。 少女のあどけない寝顔に、なぜか、惹かれる。 かわいい、美しいという言葉よりも先に、綺麗、という言葉が出てくる。例えるなら、天使というには美しすぎて、女神というには幼すぎる。要するに、人並みはずれた顔立ちをしているのだ、彼の前で無防備に眠っている少女は。 まさに、おとぎ話にでてくるような、眠り姫、だ。 魅入っていた少年を我に却らせたのは、その少女の「うーん」という鈴の鳴るようなか細い声。誰かが近くにいる気配に感づいたのか、少女は、ぱちくり、瞳を見開く。「あ」 二人の視線が、絡まる。同時に、思いがけず口を開く。驚きを露見させて。 どちらからともなく互いの頬に、さっ、と朱が走る。 やがて少女は、じっ、と少年を見つめ、一言、歌うように。「編入生、ね」 まるで、そこに彼が来ることを予知していたかのように、呟く。 瞳を見開いた少女に圧倒されて、少年は無言で肯定する。吸い込まれるような、漆黒の瞳は、まるで新月の夜空のよう。 そして、澄んだ空に溶け込むような落ち着いた声色に。起き上がり、俯く仕草に。引き寄せられる。無言でいる少年に対して、少女は再び口を開く。淋しそうに。まるで何かを諦めてしまったかのように。「もう、そんな時期なの……」 哀しそうにひとりごちる少女に、少年はいてもたってもいられなくなる。そのまま、黙り込んだまま、二人は見つめ合う。鼓動が早まる。少女が懇願するような瞳を向ける。 ……どうして、そんな眼