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chapter,1 (1)

last update publish date: 2026-07-06 09:54:00

 恋に堕ちるのに、理由なんかいらない。たとえそれが、呪われた少女だとしても。

   * * *

 長いといわれていた夏休みが呆気なく終わった次の日の朝。

 私立クレーマ学園高等部一年C組に、噂の編入生がやってきた。なぜ、噂になっているかというと、中高一貫教育をしている私立学校に中途半端な時期にやってくる編入生なんて、それなりにワケアリな人間でしかないと、生徒たちは思っていたから。

 メイプルシロップのような榛色の双眸を持つロシアからの帰国子女は、新しい級友たちの好奇心旺盛な視線を怯えることなく受け止め、何食わぬ顔で応戦している。担任教師でさえ読み間違えそうな、黒板に漢字で記された名前を彼は読み上げる。慣れきった表情で、平然と。

「カミジョウスザクっす」

 栗色の髪の毛と榛色の瞳、外人のようにすらりとした鼻梁を持つ背の高い少年は、自分を珍種の動物のように見つめる視線を前に、緊張も見せずに紹介を始める。

「ロシアの日本人学校にいました。だから日本語問題ないです。生まれた頃から向こうにいました。まぁ親父の仕事の都合でこっち戻ってきたんですけど。いやぁ日本あったかいですねー」

 人懐っこい笑顔が効をなしたのか、級友たちがまばらながらも反応を示し始める。くすりと笑う少女、ロシア? と疑問符を浮かべた表情の少年、エトセトラエトセトラ。

「こう見えても俺クォーターなんですよ。死んだばあちゃんがロシア人で。だから少しだけ鼻が高かったり眼の色が薄かったりします、先に質問されそうだったから言っておきますね」

 そして、一通りの説明が終わって、質問タイム。こういうとき、男子よりも女子の方が権力を持っているらしく、手を上げるのは女の子ばかり。それは、上城かみじょうが単に非日常的な存在だからか、人並み以上の魅力を持っているからか、変な名前だからか、結局のところよくわからない。まぁ要するに転校生というのは男子以上に女子にとってみれば大きなイベントなのである。

 上城は一つ一つにこやかに応えていく。趣味はピアノを弾くことでドビュッシーが大好きだ、とか、日本の食べ物で一番好きなのはなめこ汁だとか、春咲すざくという名前の由来は春に生まれたからだ、とか、ロシア語はそれなりに話せるとか、当り障りのない質問を。

 だが、一つだけ彼を困らせる質問があった。

「上城くんはぁ、彼女っていますかぁ?」

 それは是非聞いておかなくちゃいけないよなー、という表情で男子たちも彼を見つめる。女子にしてみれば自分にチャンスはあるのか、男子にしてみれば自分のライバルになるのかを知りたいのだろう、食い入るように上城への視線が強まる。担任教師は和やかに進む編入生の紹介を満足そうに見つめているだけで何も言わない。

 上城は意を決したように言葉を紡ぐ。その場にいる誰もが想像しなかったこたえを。

「彼女はいないけどー、運命の人ならいますよ。この学園の中に」

 晴れ晴れとした表情の上城を前に、嘘ぉ、とか、キャー、とかいう悲鳴が教室中に轟く。それは、彼自身、思わず両耳を塞いでしまいたくなるほどの大きさで。

   * * *

「この女泣かせが!」

 編入一日目の授業を無事に終えて、上城が帰り支度をしていると、彼の前の席にいた男子が話し掛けてくる。どうやらあの自己紹介を気に入ってくれたらしい。彼は品川と名乗って、上城の先ほどの発言を問いただす。

「運命の人なんてよく陳腐な言葉が吐けるよなぁ」

「俺もそう思う」

「教室中の女敵に回したようなもんだぜ。あんな言い方じゃ」

「そうか?」

「運命の女って誰よ、ってやっきになって探し出すぜ、絶対」

 教室を出て、二人で話しながら校門を抜ける。

「こっちが正門ね。ここが一番駅に近いんだ」

 道案内を兼ねて、品川に会話の主導権を握らせると、彼は上城の運命の女についてしつこく聞いてきた。やはり気になるのだろう。学園の中にいるという運命の人という言葉に。

「口からのでまかせとは思えねぇ」

「でまかせなんかじゃないよ」

「じゃあ教えろよ、誰のことだ?」

「黒いセーラー服着た黒髪の女の子」

 編入の手続きをした時に、裏庭で不思議な少女と出逢ったことを上城は話す、怪訝そうな顔をしている品川を気にすることなく。

「腰まで無防備に伸ばした黒髪、膝下のスカート丈、真っ黒な瞳、雪みたいに白い肌……俺、一目見て惚れたんだ。こんな綺麗な女の子がいるんだなぁって」

「腰までの黒髪、制服を着くずさない……もしかして、いやでもそんなわけ」

 上城のうっとりした口調を他所に、品川は冷静に考える。心当たりはある。だけど彼女は。

「品川くんだっけ? 知り合いに該当者でもいた?」

「あれを該当者と言っていいかはわからねぇが、確かに美人な女子はいるぜ。このクラスに」

 だけど、と顔を曇らせる。上城、そんな女の子いたかなぁと首を傾げる。仕方なく、品川は口を開く。

「まぁ、会えばわかるだろうよ」

 どうやら品川の言う該当者は学校を休んでいたようだ。

「そっか。それは楽しみだ」

 上城はそれ以上追求することなく、駅で品川と別れた。

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